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何をうたっているか

ということと同じくらい、どううたっているかということが重要だと思うのです。

昨日購入したアルバムに共通するのはうたの素晴らしさ。
聴いていて惚れ惚れします。
単に声がいいとか上手いというのを超え、心が揺さぶられるうたというものがあるのだ、というのをこうした作品を聴くと実感します。


やっぱり多くの人は歌詞に反応しているんでしょうか。ラブソングなんかで自分に置き換えて感情移入するのがありがちな聴き方なんですかね?

それとも高い声で延々ロングトーンで叫んだりすると、その人は「上手かった」りするんでしょうか?

もちろんそういうのじゃない素敵なうたの楽しみ方がありますよね。それこそ歌詞なんか分かんなくても鳥肌が立つような瞬間を音楽好きの人は感じたことがあるはずです。Donnyの声なんて聴いただけで心が粟立つような気持ちになります。あれはいったいなんだろう・・・。

素晴らしいうたの奥にはやはり自分の音楽に対する強い思いがあり、周りに決して揺さぶられたりしない確固とした芯があります。このうたをどういうテンポでどういうアレンジにのせてどういう抑揚と声でうたうか?真剣な問いかけを経てうまれたうたには特別な美しさがやどるのではないか、なんて考えたりします。

今はBlossom Dearieを聴いているんですが、本作でのうたは自分の、自分だけの音楽をやれている、という喜びに溢れていて、聴いている自分まで幸せな気持ちになります。

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